ラーメンと夫と腎臓と。

最終更新: 2019年8月23日

まだまだ5月なのに、暑くなってきましたね…。 突然冷やし中華が恋しくなる今日この頃。

どちらかと言えば、ごまダレ派のOwnerです。


先日、私たち夫婦で気に入っている、とあるラーメン屋が

いつの間にか閉店してしまっていた。


この店との出会いは、もう10年以上前のこと。

私が長年通っている病院の、すぐ目の前にあるそのラーメン屋からは、

いつも魚系スープの美味しい香りが漂ってくる。


11時オープンと同時に近隣オフィスの人や病院から出てきた人たちで賑う。

“行列のできる名店!”ってほどのことはないが、魚系スープの深い味わいと、

細めのしゃっきり麺がよく絡んでいて、私たちには好みのラーメンだった。


この店に出会った当初、私はまだ人工透析の治療を受けており、 食事制限をしなければならなかった。


外でラーメンを食べるとなると、一杯だけでも塩分摂りすぎとなる。

食べに行ったとしても、半分麺を残し、スープは飲まず、

生のネギなど避けて、煮卵や味の濃いチャーシューは一口食べて残す…

といった具合で、お店の方にとっては、相当腹立たしい客だっただろう。


13年前の今日、5月20日。

この日は私たち夫婦にとって、大イベントがあった。


生体腎臓移植手術。


先天性脊髄損傷の合併症による腎不全を患っていた私は、

15歳のときに人工透析治療をはじめた。

一生、透析と付き合いながら生きていくのだと思っていた。 生きてられるのも、30歳くらいまでかもしれないと。


そんな私が30歳になったある日、彼は自分の腎臓を私に提供することを決断した。


“生体腎移植は、親、子、兄弟などの親族、または配偶者からの提供に限る“


一緒にこの話を聞きにいった時の彼は、診察室の主治医の前でプロポーズをした。


籍を入れ、腎臓の適合検査を受け、奇跡的に適合。

とんとん拍子に移植手術の日を迎えた。


術後、夫は比較的すぐ退院できたが、私は腎臓が定着するまで1ヶ月近く入院していた。


そして、待ちに待った退院の日。

迎えに来てくれた夫と共に病院を出て、真っ先に向かった先は、

もちろん、あのラーメン屋だった。


大きなチャーシューが乗った醤油ラーメンに、煮卵を付けて。


私は透析から解放されて、初めてラーメン一杯、全て食べ、

スープを飲み干したのだ。



この日のラーメンの味と、呆気にとられたような、けれど、

どことなく満足げな微笑みを浮かべた夫の顔は、

今でも忘れられない。

どんなに美味しいラーメンを食べても、

“あの日食べたラーメン”を、超える味には、この先出会う事はないだろう。


『お客様へ』と書かれたその貼り紙に、そっと手を触れた。




―自由になったあの日から、13年。

今こうして元気に、この仔たちと一緒に生きていられるのは、

あなたのおかげです。ありがとう。




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